
小学館「コロコロコミック」の成功に続けとばかりに各社から、竹の子のように児童誌が創刊されては消えていった27、8年前…僕も双葉社から参入した「100てんコミック」なる児童誌で描いた作品『ガッツ!リトルあらし』…これにはいい思い出がない。ゲラが出てきたので、当時の不愉快な思いでを書く事にした。
この作品には原作者いる…彼は、今も青年誌で看板を張る有名作家のアシでこれがデビュー作だと紹介された。漫画ではなく原作志望…僕が原稿依頼を受けた時、既に数回書き直しをしたらしく、彼は半分不貞腐れて編集部のソファに大きく持たれかかっていた…(嫌な予感)…原稿を読み返しても、主人公が見えてこないばかりかストーリーに纏まりがない(苦)。僕は、本格的な原作付き漫画はこれが初めてだった…「原作付ってこんなものなのか??」担当さんが「どうだろう…」と問う。双葉社の仕事は初めてだし、好印象を与えれば今後の展開に繋がる…なんて、変な『漫画屋稼業』根性が擡げのが良くなかった。
僕は、このどうにもならない話をなんとか31ページにまとめた…新連載「ガッツ!リトルあらし」は「ゲームセンター嵐」に因んで編集部が勝手にタイトルを変えた…(汗)。
二度目の原稿は、さらに酷い物だった…僕も野球は得意なジャンルでは無かったので、話の展開が見いだせなかった…お手上げ!編集部もそれを察し、二回で打ち切りを決定した。一体、何だったんだ??これ??僕のせいか…冗談だろう???そもそも、何でこんな原作を採用したんだ??有名先生の圧力でもあったのか??…三者三様、嫌な蟠りばかりが残った作品だった。
そしてこの年の秋、講談社から「コミックボンボン」が創刊され、翌`82『プラモ狂四郎』が始まる。